戸田てこの「て、ことだ!」 -4ページ目

リセット日和

朝、起きてしばらくすると

今日はリセット日和であることに気づいた。


電話がかかってきて

今日の夕方から遊ぶ約束をしていた友達からで

ごめーん、昨日のみすぎてー、げろはいちゃってー、

しかもお店のテーブルでだよー、そんで今友達の家なんだけどー

これから家に帰ろうとおもうんだけどー

と。

ようするに、ドタキャンの電話だった。


そういうわけで

今日することがなにもなくなり、

私は気づいた。


リセット日和なのだと。


そうだ。

あの本を返しに行こう、と思った。

そして、

長らく月謝を寄付するだけで、サボり続けていた

シナリオ学校も退学しよう、と思った。

それから、

延々と気にかけていた

買い忘れの同僚二人の誕生日プレゼントも買いにいこう、と思った。



あの本を返すことは

私の中でちょっとした実験だった。

あの本を返す。しかも、本人に会って返すのではなく、

郵便ポストに入れておく。

それは、私なりの決別のサインだと、

あの人は理解するだろうか。

理解しないのかもしれない。

理解したら、電話をかけてきてくれるだろうか。

私はそんな電話をほしくて、あの本を返すんだろうか。

つまるところ、きっとそうなんだろう。

そういう自家発電的ドラマチックが好きなのだ。クダラナイオンナダネ。


ともかく、

シナリオ学校の退学金(つまりは、未納分の月謝)と

その振込先と

あの本を持って外へでた。


振込先をシナリオ学校に問い合わせたとき

「やめたいんですが」と言ったところ

電話口の女の人は

慣れた感じで「そうですか」と言って

べつだん驚きもせず

するすると口座番号を教えてくれた。


そんなもんだ。



とにかく外へ。

あの人の家はとにかく近い。

こんな近くに住んでおいて

『決別』なんてあるもんか。

だけど、自分でひとつあの家に行く理由を失くすことは

私の心のために必要なことなのだ。


あっという間に家につく。

家の前には昨日からまた、バイクが停めてあるようになった。

またバイク乗るのかな。

交通事故とかもうやだな。心配だな。


と思って、

もう、私が心配なんかしてあげなくてもいいんだ。

ということに思い当たる。

むしろ、今までの私の「心配」だってなんの役にも立ってなかったんだ。


それが悔しくて私は、この本を返しにきたんだろうか。

「もう私はあんたのこと心配しないけど、それでいいんだね?あとから気づいても遅いんだからね」


裏手に回って郵便受けを探す。

きったない錆びた郵便受けにあの人の名刺が貼ってある。


これ、意外にどきどきするな。


今日はあの人の仕事が休みの日だ。

そろそろ起きだしてくるころだろう。

今にも裏口からぬっと出てきそうだ。

そしたら私は、ひとの家の裏口をこっそりうかがってる

ただの変態・ストーカーになってしまう。


いや、本を返すだけなんだけどね。

長居は危険だと思い、

袋に入れたあの本を

郵便受けに押し込んだ。

がったんと音をたてて本が落ちる、

一瞬ひやっとする。


すぐ家を離れた。


袋には

A4の紙、一枚に

メッセージを書いておいた。

何を書こうかまよって

結局「ありがとう」と書いた。


もちろん、貸してくれてさんきゅーって意味だ。

だけど、

ありがとう

とだけ書くと

やけにドラマチックなのだ。

これは今日のちょっとした

発明だ。


これはこのままにしておこうと思った。

鈍感なあの人だもの。

やりすぎということはあるまい。


それから

銀行にいって

指定された口座に9000円を振り込んだ。

はい、これでおしまい。


あっけないものだ。

ちなみになんでシナリオ学校をリセットするかといえば、

3日前、映画祭のシナリオコンクールに落選したからだ。

ホントニオマエハクダラナイオンナダネ。


それから

家に帰ってオムライスを作った。

おいしかった気がした。


それから

荻窪にある先輩が会社を辞めて始めた「海月書林」という古本屋にいった。

そこには、先輩が集めてきた雑貨も売っている。

本を読んで、はちみつ酒を飲んで、まどから電車をみていた。

定規のようにまっすぐ横に

何本も電車が走っていくのを観ていた。

ブラインドが横一列だから、ちょうどきれいにみえるのだ。

そのすきまにちょうどぴったりに電車が何本も通っていくのだ。


それから

同僚ふたりに先輩の集めてきた雑貨から

誕生日プレゼントを選んだ。


帰りに

ルミネで毛糸の帽子を買った。


それから電車に乗ってバスに乗って

自分の街に着いた。


帰り道は

いつもあの人の家を通る。

仕方がないのだ。

他の道は暗くて怖い。

あの人の家の前は安全だ。

それはやっぱりあの人がいるからなんだけど。


もし、

会ってしまったら

ぷいっと横を向いて逃げ出そうと思っていた。

いくら鈍感で8年も彼女がいない、っていうか

引くくらい彼女がいないあの人も

この異変には気づくだろうと思ったから。



もし、会ってしまったら

と思いながら

会いたいと思っていた

思っていたけど、

会ったらあたしはその意味を考えてしまう

リセットしたそばから彼にばったり会うその意味を


もうすぐあの人の家が並ぶ道だ。

横断歩道をわたって、右に折れればすぐだ。


横断歩道をわたったところで、

なんとなくふりむいた。


「おっ」

と声がした。


あの人が、後ろを歩いてた。


すごい、びっくりした。

「どこいってきたの」とあの人がきく。

「本屋だよ」私は、顔を横にぷいっとやるのを忘れて

ふつうにどぎまぎしながら答えてる。、

あの人と並んで歩いている。

「ふーん」あの人はたばこをすう。


気づいているのだろうか。

郵便受けの本は見たんだろうか。

なんだか無口な気がする。


あの人はゴミ袋にたたんだ洋服をぎっちり詰めて手に持っていた。

もう一方の手には洗剤を持っていた。


「コインランドリー行ってきたの?」

「うん」

「…」

「…」


あっというまに家に着いた。

ぷいっと顔を横にむける、という計画はもはや頭の隅にもない。

ただ沈黙がいやで、

「バイク、また乗るの?」と聞いた。

「のらねえよ」

「じゃあ、なんで停めてんだよ」

「横に停めとくと放火されんだってよ」

「…こわいねえ」

「…」


もう、話すこともないし家にもついたから

ばいばいっていわなきゃいけない。


どうしよう

と思って振り返ると

意外なことにあの人も

どうしよう

って感じで私を見ていた。


それから、

煙草をまたひと吸いして、

「痴漢に気をつけろよ」と言った。

私は

「よけいなんだよ」

と言って苦い顔をした。

泣いたらいいのか笑ったらいいのか、わかんなかった。


それで、おしまい。


彼は家に入っていった。


早歩きで私も歩きながら

この意味はなんなの?と思った。

彼にこのタイミングで会う意味は?


私はあのとき、呼ばれてもないのに振り向いた。

彼が「おっ」と言ったのは

私がふりむいてからだった。

どうして私はあのとき振り向いたんだろう。

この意味はなんなの?


そういうことをもう考えても無駄ってことがようくわかったから

もう考えないために

リセットしたのだ。


ということを思い出し、

家に帰ってきた。


泣きたいような笑いたいような

なんだかいがいがする気持ちで

家に帰ってきた。


ひとりごと

なにがいい映画なのか

わたしは何が書きたいのか

最近それがなんにもなくて


いらいらするので

ひとの映画や漫画ばかり読んでいるのだけど

そこに答えがありそうでない。


観終わった後

元気が出て

街全部が変って見える

夢の世界をみせてくれる

そういう映画が書きたいのか


ただだらだらと

ああ、わたしもおんなじだと

人間のばからしさを書いた

そういう映画が書きたいのか


まとまんない


ミクシィばっか更新してごまかしている。


私には

見たい映画じたいがないのかもしれない。


むずかしいな。

これをスランプというのだろうか。

生まれてこの方ずっとスランプだ。



地虫

あの人を思った分の気持ちが

これからはあてもなくまっすぐ何もない空に

放射されていくのだと

そのひかりの筋で少しでも

わたしの背筋がしゃんとのび

寒い朝の光のように

わたしの目をすっきりとさせ

ああすこしでも

このみにくいかたちから

コールタールのようににじみ出た

ねばついたあたしの思いを

レーザー治療のようにそのひかりで消しておくれと

思うのだけど

まんがのように私の泣いた後の顔なんか

ちっともすがすがしくはなく

あああたしはちっともちっともきれいなんかになれないのだ

あなたはあたしをきにいらなかった

きにいらなかったあたしになんてあたしはうまれたくなかったよ

あたしは繭という名前だから蝶にはなれないんだろう

もうこれでおしまい。

片思いだったのに

最後の電話 君からだった


かけてくれないかな と

思っていたら ほんとにかかってきた


怖がる私に

「そっちに行こうか」と言った

どうしてあのとき断ってしまったんだろう

それだけ心残りだ

ばかみたいに心残りだ


最後の電話 君からだった


それだけで「じゅうぶんだ」と思え

思え

思え

思え、私。


あたしを責めるな思い返すなそれでもうやめなこのことはもうおしまい。


最後の電話 最後の言葉は

君の「おやすみ」だった

その声で泣かずに眠った


それだけでヨシとしな

このことはもうおしまい。


このことはもうおしまい。

無言の二人

どんなときに私への気持ちが高まるの?


という

とてつもなく傲慢な私の質問に

あの人はいつもどおり

素直にきちんと答えてくれた。


二人がだまって並んでいる時が、いちばんいい。

二人がだまってるんだけど、今同じことを考えてるし、わかってるなって

思うときが、いちばんいいよ


私は

うれしかった。

私だけがそんな風に思ってるのかもしれないな、って

ずっと思っていたから。


二人で並んでただベンチに座ってるとき

あのときに

わたしはいちばん

あの人のことを感じる

あの人のことがわかる

あの人が私をわかってくれてるということが、わかる


でも、

そう思っているのは

私のほうだけかもしれないと

思っていたから

昨日、すごく嬉しかった


すこしお酒を飲みすぎて

見上げたら

はんぺんみたいに

白くて柔らかい

あの人のあごが

じぶんのおでこの上にあった


あの人の胸は

かがくのにおいがする。

えがお

あなたが喜ぶことがこんなにうれしい

コウノトリ

好きな人に

家族を作ってあげたいとおもう。


その好きな人と私は

つきあってないうえに、

その好きな人は私がその人を好きだということも

知らないから


これははたからきいたら

かなり危ない発言だ。

私は逮捕されかれない。


しかも

その好きな人というのは

一人ではないのです。


私の好きな人は

不器用に生きている人が多くって

自分の仕事を卑下しているし

お金はパチンコにつぎ込んじゃうし、

合コンなんて行かないし、

ネットとテレビばっかり見て

そのアイドルとつきあえないかなーなんてことばっかりいっている

だめんず中のだめんずの人々で


でも

私がその人たちを好きなのは

大事なところが

ぶれていないから


だれかをもう一度好きになること

その人を大事にすること

そのために自分を変えること


それに憧れている人たちだから


わたしは

そんな人たちに

子どもができたら

どんなふうにその人たちが

強くなったり優しくなったりかわいくなったりするのか

見たいと思うのです


その人たちは

きっと

ほんとうに

その機会さえあれば

変われる人たちだと思うのです。


軸がずれていないから。


だから

その人たち一人一人に

子どもをコウノトリのように運んであげたいと思うのだけど


いかんせん、子どもを作る過程や、そのために必要な社会的形式はとっても

たくさん面倒くさい手続きがあるので


「私はあなたの子どもが生みたい」

なんて

ドラマティックでかつ、えぐい一言は

いくら逮捕寸前の私でも言ったことはないのです。

王子様と28番目の家来

ある国のあるお城に王子様が住んでいました

そしてその王子様は目が見えないのでした

王子様は目が見えないので

お日様が好きでした

お日様がお城のお庭を照らせば

ゆらゆらゆれる椅子にもたれた王子様は

体中があったかい小さな粒粒で囲まれたような気持ちになるのでした

空気のお風呂につかったような気持ちになるのでした

そういうことは目が見えなくてもよくわかることだったので

王子様はお日様が好きでした

王子様はいつも幸せでした。

優秀な27人の家来がいたからです。

王子様は毎日27人の家来たちと遊びました。

かけっこをしても腕相撲をしてもいつでも王子様は一等賞でした。

おなかがすけばおいしいスープを作ってくれるし、

王子様が転んだり怪我をしたりしないようにいつも見張っていてくれるし

27人の家来たちがいるので王子様はちっとも困ることがありませんでした。

さていつものように王子様が

ゆらゆら揺れる椅子にもたれて

お日様を味わっていると

何かころころと草の上を転がる音がして

王子様のお靴の先にこつんと当たりました

そしてその後に誰かが走ってくる音がして

その音は王子様の前でぴったりと止まりました

「君は何番目の家来?」

王子様は聞きました

けれどその家来は何にも返事をしません。

「これはなんだい?」

王子様は自分の靴の先に当たったものを指して尋ねました

けれど今度もその家来は返事をしません

王子様は心配になりました

王子様は目が見えません だからもしかしたら靴の先に何か当たったような

気がしたのも、家来が走りよった気がしたのも、王子様の聞き間違いかもしれないのです

「君はいるの?いないの?」

王子様はもう一度聞いてみました。

するとその誰かは王子様の靴にそっとキスをしました

それは王子様の家来というしるしです

けれどそのキスはいつもの大きな体の家来たちのキスとは違います

キスをしようと靴を少し持ち上げたその指も小さくていつもの家来たちのキスとは違います

「君は新しい家来だね?28番目の家来だね?」

すると草の上を走る音がしてその誰かさんはとうとう何一つ話さないまま行ってしまいました

夕食の時間、王様はおうじさまに聞きました

「今日はおもしろいことがあったかい?」

「うん。今日ね、お庭で眠っていたらね、28番目の家来がやってきたよ。」

「そうかい。どうだい。28番目の家来は?」

と王様はお尋ねになりました。

「うーん・・・。」と王子様は考えました。

「少し他の家来たちより小さいみたい。」

「どのくらい小さいのかね?」

「うーん・・・。ちょうど僕と同じくらい。それにね僕が話しかけても

何にも言わないで行っちゃったんだよ。なんだか変な家来だ」

「そうかそうか」王様はなんだか嬉しそうに笑って

「仲良くするんだよ」といいました。

王子様はなんだか変だと思いました。家来は王子様の言うことを何でも聞いてくれるのだからいつでも仲良しのはずです。

次の日も晴れでした。王子様はなんだか朝からそわそわして

朝食を召し上がると早速お庭の椅子で揺られておりました。

家来たちが順番にやってきて

「王子様、私とあそびますか?」とききました。

「いや、いい」王子様は珍しくそう答えました。

ところがお日様が高く高く上がっても、28番目の家来だけ

はやってきません。

王子様はお昼ごはんも急いで食べてまたその椅子に座り待ったのですが

家来はやってきません。

なんだかご飯も食べたしおなかもいっぱいで王子様はまたうとうととお昼寝をしました。

王子様は靴の先になにかがこつんと当たった気がして目が覚めました。

賢い王子様はすぐにぴんときました。

「もしかして、昨日のだれかさん、今ここにいるのかい?」

するとくすくすと笑う声がして、

「昨日の誰かさんなんかいないわ。あたし、今日のあたしだもの」と声がしました。

「君が誰でもいいや。昨日の誰かさんでも明日の誰かさんでも。君は新しい家来だろ?

僕今日は君と遊ぶことにする。」

王子様がそういうと、28番目の家来は

「光栄です」とも「かしこまりました」とも言わないで

「いいわよ」といいました。

そして、二人はあそびました。けれどもこの家来はなんだかとっても変です。

まず、かけっこでは王子様より早く走ります。

腕相撲は王子様のほうが少し強いけど、

王子様が勝った時「おうじさま、さすがでございます」なんて言わずに

「ずるいずるい!今のはまぐれだ!もう一回!」なんて、悔しがるのです。

なんだか変だなあ、と王子様は思いました。

おうじさまがかけっこで負けた時は悔しくてもう28番目なんかと遊ぶもんか!とおもいます。

けれども腕相撲に勝ったとき「ずるいずるい!」といわれるのはなんだかとっても嬉しいきもちになるのでした。

その日は他の家来とは遊ばないで、28番目のけらいと遊んでいました。

夕食の時間、王様は

『今日はなにかおもしろいことがあったかい?』と聞きました。

「うん。28番目のけらいがね・・・」といいかけて王子様は口をつぐみました。

なんだか28番目と面白いことや面白くないことをしたことは、

王子様のここの中に閉じ込めておきたいのです。だれかにいってしまったら心の中の温度が急に冷えるようで、いいたくないのでした。

「ううん。べつになんにもなかったよ」王子様はそう答えました。

王様はそれを聞いてとてもうれしそうに「そうかそうか」といいました。

さて、次の日です。

幼いころから人一倍、自意識が強かった私は
自分の顔がそうかわいくは出来てないことに
かなり早い段階から気づいていたと思います。


小さい頃から、父の遺伝で目が悪く
中学三年生まではずっとメガネをかけていて
そのことで男の子からいろいろ言われることもあったし、
そのメガネを外したところで
それ以前の問題でいろいろ言われることもありました。


そのことでとても悩んでいたし
だからこそ、ファッションにとても興味を持ったし
じゃあこれは、じゃああれは、と
服の海に溺れて着替え続けるけど
鏡にうつる自分に納得できなくて
結局外に出れなかったこともありました。


美人の友達と遊んでいて
明らかに友達目当てのナンパにあったり
私の顔がもう少しかわいければ付き合ったと
好きだった人に言われたこともあります。


大人になってくると
さすがにかしこくなって
自分でそういう話をすればするほど
みんなが下す私への評価が下がっていくのがわかるので
そんなことなんて
何一つなかったかのように
ふるまうけど、
そういうふうに傷つけられた時
傷ついてないふりをして
大きな声で笑う技術も身につけたけど、


今日はもういいんです。
私は言いたいことがあるんです。


私の顔は
傷ついてこなかった顔ではありません。


私の顔は
悔しいことやかっこ悪いことや
苦しいことやみじめなことやひどいことに
さらされてきた顔です。


でも
そんな自分の顔を
とてもほめてくれた人がいて
「いい顔だ」と写真を撮ってくれた写真家さんがいて
うらやましがってくれた人がいて
恋をしてくれた人がいて
この顔でよかったんだと思わせてくれた人がいて


だから
私は私のこの顔にプライドを持っているんです。


自信はないけれど
この顔にプライドを持っているんです。


いろんなことを乗り越えてきた顔だから
私は私の顔は、
なんて偉い奴なんだと思っているんです。


でも、
人は
人を見かけで判断するから
親切な人たちは
私の顔を
もっとこうすればいいんじゃない?

アドバイスしてくれます。


好きな人に好きになってもらうために
きれいになりたいと思うのは当たり前のこと。


でも、私の思う「きれい」は、
その親切な人たちや親切な雑誌が教えてくれる「きれい」とは
違うんです。


その人たちは
そういう努力をしてきたんだって。
眉の形を変えて
目の形を変えて
肌の色を変えて
体の形を変えて
服装のセンスを変えて
そうやって手に入れてきたんだって。


私もそういうふうにすれば、
好きな人に好きになってもらえるんだって。


でも、
私の顔はね
みんなが知らないだけで


傷ついて
眉の形を変えて
苦しんで
目の形を変えて
狂うほど憧れて
肌の色を変えて
そして
好きだよといってくれた人のおかげで
ようやく取り戻した自分の顔なんです。


簡単に言わないで。
私が
まるで自分のことを何も気づいてない人のように
私の顔を変えろというのはやめてください。

私は
簡単に
こんな顔になっているわけではありません。


12月のこと

かなしいわ


うすくとがったこおりのように


あたしがあなたにつける歯形は


とぎれとぎれの点線で


すぬーぴーの足あとのよう


だれもきいたことのない

おんがくを


あたしはきくの


がらんどうのむねのなかで


あなたはいつかいなくなる


そのまえにあたしがきえなければ


それができなかったから

失格だったのね


だからあんなに


しるしをつけたのね


あなたはあたしの点線を

しらないままシャツを着た


あたしはどうしてきえてなくならないのか

それだけが不思議だった


12月のこと