戸田てこの「て、ことだ!」 -35ページ目

気づこう

幸せになる方法はひとつだけじゃない

平気

平気。
思い出すことは全部向こうに置いてきたから。
あっちの街に、あの子の部屋に、全部置いてきた。

今でもあの坂道に私がいる気がする
あの子がバイトの間、ひとり残されて
不安と心細さと
今日はどんな夕飯にしようって考えてる、
照れくささと嬉しさと
その全部で胸が詰まって
あの坂道で、
あの子に借りた自転車で、
ふと立ち止まった私がいる気がする

私はその子に今なら色んな忠告をしてあげられる
私はその子のことをもう愚かだとは思わない

平気。
思い出は死ななくて生きていくから。
私から遠く離れた街で。
二度と取り戻せないところで。

私は私の街で自分の足元だけ見ていればいい

新聞のめくる音だけでいい

別れた次の次の次の日やったか
朝起きて一人が苦しくて
友達の留守電に
「助けて」て言ってしまった。
最初は冗談ぽく入れたつもりが、
途中で涙声になって、最悪の留守電になった。

友達がすぐ掛けなおしてくれて、電話に出たら
「大丈夫か?てこ。今日泊まろうか?」て。

その日、あたしの部屋で二人で並んで
溜まりに溜まった新聞を読んだ。
隣で友達が新聞をめくる音がする
それがすごくほっとして、それだけでもういい
って思った。

朝、また夢を見て五時に起きてしまって
でも、友達も起きてくれて、
一部始終を聞いてくれた
話してるうちに落ち着いてきた

人と一緒に家にいることが
こんなにあたしをほっとさせる

友達といることで何回救われたやろう
あたしは忘れないようにこれからそれを
ここに書いておくんだ

女の子たち

別れた次の次の日やったか、
友達と商店街を歩いてたら
友達が元彼のひどい仕打ちの話をして
あたしは、立ち止まって泣いてしまった。
自分と重ね合わせて
「そんなんほんまにひどいなあ」て泣いてしまった。
友達は、びっくりして
「今日、てこ、どうしたのさ?」て
あたしの荷物を全部もってくれて
空いた手をつないでくれた。

つないだ手は冷たくて細くて
女の子の手で
絶対にあの人の手とは違うけど
あたしは泣けた

こんな風に弱々しい手を持った
女の子たちが
商店街で恋に震えてるのが
心細くてでも二人なのがほっとして
泣けた

友達は、手をつないだまま
「ムーミン谷の彗星」の話をした。
ムーミンとおじょうさんの出会いについて
おもしろおかしく話した
あたしはうんうんとそれをきいてた

あのときありがとう

そしていつか

食事を愛そう
テレビを愛そう

おしゃれを愛そう
歌を愛そう
友達を愛そう
空を愛そう
椿を
銀杏を
今日一日を愛そう
あなた以外のすべてを愛そう
心をこめて愛そう

そしていつか

あなたのことも
もっと穏やかな気持ちで温かな気持ちで
愛せるようになろう

まだみたい

生きる意味が見当たらなくなってしまって

だって、あたしが毎日を過ごしたのは
あの子がいたからなんやもん。
「あの子と仲直りせな」「今日あの子から電話来るかな」
とか、そういうことで生きてたんやもん。
毎日、あたしには期待があった。やりたいことがあった。
でも、失くしてしまった。

それで、「生きてるってなんで?」て友達にきいた。

その答えを聞いてるうちに、うちの今の目標が見えてきた。
立ち直ること。生きる意味なんて考えてしまってる自分から。
生き抜くこと。
死にたいなんてもう簡単に口に出さないようにすること。

それで、とりあえずの目標は今度の同窓会であの子にあったとき、
元気でいること。全然もう平気でいること。

それでな、そっからは結構がんばったで。

昨日はな赤い服着ててな、
あの子がくれたスニーカーソックスが
その服にぴったりやって
昨日普通にそれが履けてん。

昨日のばんごはん、
あの子と行ったお好み焼き屋さんで食べたんやで。
しかも、同じ席。
それでも、お好み焼きはおいしかったし、
思ったより感慨にひたらんかったんやで。

でも、お好み焼き屋さんにおったらメールが届いた。

あの子、同窓会、バイトで欠席やって。
幹事が友達で、教えてくれてん。

悲しかった。
ほんまは会いたかっただけやった自分に気づいた。

治るのにはなんて時間がかかるんやろう。

その人のこと

意外に、たいしたことない男の子だった。
結構、小さな世界で生きている男の子だった。

いい声と、いい身体と、あたしには不釣合いな
正しい心をもった男の子だった。
正しい心はいい心だとは限らない。
あたし傷ついた。
でも、それはおあいこか。

字のきれいな人だった。
信じられないほどの量のご飯を食べる人だった。

晴れた日に自転車に二人乗りして、動物園までの坂を下った。
クリーニング屋さんのガラス戸に映った背中が
猫背で大きくて、頼もしく見えた。
嬉しくなって、よけいぎゅっとした。
紺色のセーターから、洗剤と毛糸の匂いがして
切ないくらい幸せな気持ちになった。
その子は嬉しそうに笑った。

意外にたいしたことない男の子だった。

けど、恋をしてた。

小娘

天気下り坂になるってきいてたけど、
今日も晴れてた。
雲ひとつなく晴れてた。
朝は駄目だったけど、
そっからはがんばった。
がんばったもんね-だ。

失恋ぐらいでなにさ。小娘がさ。

結論はまだまだ先だ。
あたしはまだまだ見てない。
色んなもの味わえてないんだぞ!

生きてやるんだから。
ちゅうか、そんなの基本だし。

朝がイヤだ

うわーん。ごめんなさい。
朝に勝てない。
せっかく昨日頑張ろうと思えたのに
今日朝起きたら、思考がまた元通りになってた。
助けて助けてってまた思ってた。
一人が怖いから予定を埋めなくちゃって
思ってた。

どうしたら?どうすれば?

ともくん

別れようと言われた電話の一時間後に
保育園のバイトが待ってた。
あまりに放心状態のあたしに
仲良しのともくん、五歳児が、

「おまえ・・。どした?」て。

そしてこま回しでわざと負けてくれた。
自分のこまにブロックをぶつけたりして。
「今日、先生強いなあ~!!」なんて言って。

先生は先生失格。
でも、ともくんはすばらしい人です。
あたしは、そのとき嬉しかった。
泣きそうになったけど、そこは先生の威信で止めた。